文化財と私たちの仕事

弊社では文化財の保存修理を行っております。文化財とは、狭義には掛軸・巻子や障壁画といった絵画、書跡や漢籍などの典籍、文献史料の古文書、歴史を伝える歴史資料や、仏像などの彫刻、漆や金工というような工芸品、出土品などの考古資料といった国や都道府県市町村の指定品を指します。しかし、広義には指定品のみならず、寺社や個人様に至るまで代々大切に伝わってきたものを含んでいます。

弊社は、それらの文化財の中でも、特に紙や絹に描かれた美術工芸品(掛軸・巻子・襖・障壁画・冊子などといった絵画、書跡・典籍、古文書、歴史資料等)を専門に修理する技術者の会社です。福岡県筑紫野市に本社を置き、九州国立博物館の文化財保存修復施設で日々修理を行っています。この修理技術は「装潢(そうこう)修理技術」と呼ばれ、私たちが加盟する一般社団法人 国宝修理装潢師連盟( 連盟Webサイトリンク)は国の選定保存技術「装潢修理技術」保存団体に認定されています。

さて、私たちが暮らす日本には、とてもたくさんの文化財が伝わり、残っています。奈良時代の古文書や平安時代の仏画などは、いま私たちが直接見て楽しむことができます。こうしたものの多くは、紙や絹といったとても弱くて脆い素材でできているにもかかわらず、どのようにして時を超え、現在の私たちの目の前に伝わっているのでしょうか。

それは、このような文化財を大切に守り伝えて来られた方々がいらっしゃるということに他なりません。では、どのように、いまに伝えて来られたのでしょうか。

文化財を伝えていくことの意味。

文化財を大切に伝えていくために、まず考えることは、どのように保存するのかということかと思います。そのためには、「環境」と「取り扱い」の2点が大切になってくると考えております。

1. 環境について
紙や絹に描かれた文化財にとって理想的な保存環境は、主には以下の通りです。

  • 温度:約20℃
  • 湿度:50~55%RH→温湿度は、短期の変動は避ける。
  • 空気:カビを抑制するために、常に空気を回す。
  • 光:不必要な光を当てない。
  • 虫:有害生物(害虫)の管理→年に数度資料を動かす→虫は逃げる。
  • 収納:酸性を避け、気密性の高い収納
    収納箱は急激な温湿度の変化や虫を防止する。また、地震や水害などの災害から守る。
しかし、この理想的な環境を守っていれば、文化財が守られるというわけではありません。最も大切なことは、「人の目と手で護る」ことです。日本でたくさんの文化財が伝わっているということは、つまり先人たちが大切に目をかけ、手を尽くして伝えてくれていることの証であるのです。

2. 取り扱い
文化財を扱う際には、知識のある専門家が扱うことが最も安全です。しかし、知識をもっていなければ文化財を扱えないわけではありません。大切なことは、「扱うことで文化財を傷める危険性があるということを認識しておくこと」であると思います。

文化財を修理するということ。

いくら「環境」と「取り扱い」に気をつけていても、文化財は傷んでいきます。文化財が傷む(損傷)原因は、主に以下の通りと考えています。

  • 保存環境が原因の損傷
  • 活用(使用)に際しての損傷
  • 不適切な修理による損傷
  • 地震や水害、火災などの災害による損傷
  • 経年劣化
上記で上げた損傷の原因のほとんどは、外的要因によるものです。しかし、紙や絹で出来た文化財は、時間が経つだけで傷んで弱っていってしまう「経年劣化」が起こります。文化財を触らなければ傷むこともないとは言えない理由がここにあります。

傷んだ文化財を何もせずに放置すると、文化財の消滅につながっていくため、修理が必要となってくるのです。つまり、経年劣化が常に起こっていることが、文化財にとって定期的に修理の必要が出てくる理由です。

常に修理が必要といっても、文化財がどのような状態の時に、どのような修理が必要となるのでしょうか。弊社では修理のプロフェッショナルとして、修理前の調査時などに以下の点を確認しております。

  • 物理的な損傷:擦れ、折れ、しわ、裂け、欠失、浮き、暴れ、絵具層等の剥離剥落
  • 視覚的な損傷:変色、退色、汚れ・シミ、光沢化
  • 不適切な修理による損傷:材料、補修、剥落・にじみ止め、錯簡、補・加筆、裏彩色
  • 保存環境による損傷:カビ・虫損・水損
これらを確認していくうえで、重要なことは「文化財にとって、今が修理の時期として適正かどうか」ということです。今は修理すべき状態ではないと判断されれば、どんなに見た目が傷んでいても修理を見送ることもあります。

さて、修理が必要とされた場合、どのような修理をするべきかということに気をつけなければなりません。中途半端な修理を行うことは、文化財を傷ませる原因になりかねないのです。

これらを踏まえた上で、本格的な修理をするのか、応急的な処置をするのを判断します。本格的な修理を必要とする場合は、具体的な修理の方法を設計しますが、その際に私たちが大切にしているのが「現状維持」と「再修理可能な修理をする」という点です。

「現状維持」とは、伝わってきた現在の状態と情報を損なわない修理のこと。そして、将来、再度安全な修理が可能な修理、つまり取り替えのきく材料と技術で修理をすることが「再修理可能な修理をする」ということです。この再修理可能な修理を可能にする技術が「装潢修理技術」なのです。

装潢修理とは何か。

「装潢」とは、奈良時代の文献から確認できる言葉です。「装」は装う、「潢」は染めるという意味です。紙や絹に保存や鑑賞に耐えうる装丁を施す技術であり、その形を仕立て直す際に修理も含めるようになりました。

この伝統的な技術では、裏打ちに用いる和紙や糊をはじめ、補修するための紙や絹、軸などを仕立てる際に用いる裂地や金具、その際に使用する道具、また修理後の文化財を収納する保存箱など、様々な材料・道具を用います。

中でも、再修理可能な修理をするに重要なものが、接着剤である「糊」です。修理工程に応じて様々な接着剤を用います。例えば、絵具の剥落止めに膠、一時的な画面の保護には布海苔、また裏打ちや補修など多くにおいて私たちは伝統的な小麦澱粉糊を用います。(なお、再修理の安全性が保証されない合成系接着剤〈いわゆる化学糊〉は使用しません。)小麦澱粉糊は、乾燥するとしっかり接着し、水で濃度が調整でき、水分を与えると膨潤して除去が可能になるという、私たち文化財を修理する者にとって万能な糊といえるでしょう。
このようにして、再修理の際に安全に解体できる技術と材料が受け継がれているのです。小麦澱粉糊の接着力の限界である50~100年ごとに適切な修理が繰り返されてきたからこそ、我々の目の前に文化財が存在するのです。この技術と材料こそが先人が積み重ねてきた知恵であり、これにより修理された文化財が目の前に伝わっていることは、その安全性や可逆性が実証されているということではないでしょうか。私たちが、日々科学的な分析や手法を加えながらも、伝統的な材料と技術にこだわる理由なのです。

昨今、産業構造の変化から伝統的な材料やその原料、また道具を製作する方々が激減し、大きな課題となっています。こうした伝統的な材料・道具や、それを用いた技術を絶やさないためにも、定期的な修理が必要となっています。

現在、文化財が存在するということ。

冒頭で述べたように、日本にはたくさんの文化財が伝わっています。国の指定品だけでも1万件以上、そのうち「装潢修理技術」で修理すべきものは半分程度あると考えられますが、私たちの生活様式は文化財が生まれた頃と比べ大きく様変わりし、文化財に触れる機会は減少しています。

この九州地域にも、歴史ある寺社から個人様に至るまで、たくさんの貴重な文化財が伝わっています。しかし、文化財が傷み消えていく速さが、修理を行うペースよりも遥かに早いのが現状です。小規模でも定期的に修理を継続することが、いまできる最善の方策なのではないかと考えております。修理を行うにあたり、予算や管理の限界など様々な問題がありますが、所有者の方のみならず多くの方の理解と賛同が必要です。

繰り返しますが、修理をすればよいというものではありません。不適切な修理や保存は、経年劣化以外の損傷を引き起こします。文化財の状態を正しく判断し、修理方針を適切に選択することが重要です。

平成17(2005)年に文化財修復施設を持つ九州国立博物館が太宰府の地で開館し、九州での文化財修理が始まったと言っても過言ではありません。より広く、そしてより深く、文化財について、その修理について皆さまに広く知っていただき、また理解をいただく必要があると日々痛感しています。修理のサイクル=文化財修理という文化を止めないよう努めていきたいと思います。

本Webサイトが文化財修理についての疑問の解消や、文化財の伝世について理解を深めるきっかけになれば、幸いです。

*装潢修理技術や修理についてのより詳細な説明は 国宝修理装潢師連盟のwebサイトをご覧ください。

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